メイクの歴史ってどんな感じ?日本

日本のメイクの歴史ってどんな感じ?

化粧品はとても古くから使われています。なんと西暦200年くらいから使われているんです。そのころは悪魔除けに赤が良いとされ、赤い土などを塗っていました。

そして、西暦500年のころから中国や朝鮮半島から輸入され始めました。そのころ中国で流行していた唇を赤く塗る化粧をまねて、日本でも口紅を塗り始めました。

そのころは眉毛を抜いてしまい、細く眉を描くことが流行っていたようです。その後平安時代になると日本独自の化粧が流行り、顔を白く塗る化粧をする人が出てきました。

また眉毛を抜いてしまい、眉壷で眉を描いていたようです。下唇を赤く塗ったり、マニキュアを使ったりする化粧をしていたようです。

その後の江戸時代には京で濃い化粧が流行り、江戸では薄化粧が流行りました。そのころの化粧の仕方は、シャドウで影を付けたり、紅花を使った口紅が流行ったりしていました。

明治時代には化粧は一般的なものになっていました。そして大正時代には化粧も進化し、乳液や化粧水が流行して、昭和になるとファンデーションやアイメイク化粧品が使われるようになりました。

その時代によって化粧の仕方や流行などが変わって行くようです。

平成に流行っている化粧品

平成12年になると、一時的なITバブルが起こり、その後サブプライムローン問題、リーマンショックの発生により、不景気と格差が深刻になります。

平成初期に流行った細眉や小顔メイクや、髪を茶髪にするなど、このころの流行は男性受けよりも同姓受けの傾向が強い物でした。

平成の不況で女性たちは安定を求める傾向が強くなっていきました。結婚できた女性を勝ち組、結婚出来ない女性を負け組、結婚するための活動である婚活という言葉が流行りました。

このころから、より男性受けを狙う「モテメーク」が流行り、髪を巻いて目を大きく見せる「盛りメイク」が流行しました。

不景気をきっかけに化粧の流行は男性の目線を気にする物になっていきます。同姓に受けるメイクから異性に受けるメイクに変化した時期でした。

癒しへの変化

その後の変化が起こったのが平成23年に起こった東日本大震災でした。この震災をきっかけによりナチュラルなメイクが流行するようになりました。

ゆるふわや抜け感などという言葉がはやり、これまでよりも可愛らしいメイクが流行りました。

お金や物といった価値感から命や現実への変化からか、背伸びをしない癒しメイクに変化していきます。

このように化粧は、世相によって変化する時代になりました。化粧にも色々な歴史があるんですね。

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